呼び太鼓の歌

♪~

一番始めは一ノ宮

二また日光中禅寺

三また佐倉の惣五郎

四また信濃の善光寺

五つは出雲の大社

六つ村々鎮守様

七つは成田のお不動様

八つ八幡の八幡宮

九つ高野の高野山

十で東京心願時

あれこれ心願懸けたのに

浪子の病は治らぬと

轟々轟々行く汽車は

武男と浪子の行き別れ

二度と逢えない汽車の窓

早く帰って来てちょうだい

          ~♪

【 解 説 】
 岩船大祭の呼び太鼓として親しまれているこの歌は、原曲は明治初期に流行したわらべうたである。(私が小学校の時、この歌の前半部 分が東京のわらべうたとして音楽の教科書に載っていた。NHKの大河ドラマ「翔ぶが如く」の最終回で田中裕子扮する西郷隆盛の妻が、 同じメロディーを別の歌詞で歌っていた。)歌詞は数え歌になっているが、明治31~32年に国民新聞に連載された、徳富魯花の「不如 帰(ホトトギス)」によっている。
 「一ノ宮」は各地の最も由緒ある神社を指す(越後一ノ宮は弥彦神社、というふうに)。地名として有名なのは愛知県一宮市で、尾張一ノ 宮 真清田(ますみだ)神社がある。日本の一ノ宮なら、三重県伊勢市にあり皇室の祖 天照大神(あまてらすのおおみかみ)を祀る伊勢 神宮であろう。しかしここでは東京で歌われたということで、武蔵の国(現在の東京都、埼玉県)一ノ宮の、埼玉県大宮市にある氷川神社 を指すと解釈したい。
 「中禅寺」は栃木県日光市にある天台宗の寺で、古来山岳修業の道場として人々の崇敬を受けている。二荒山(ふたらさん)神社境内にあ り坂東三十三札所の第十八番。
 「佐倉惣五郎」は江戸前期の義民。(現在の千葉県)佐倉郷の名主として、百姓のために領主の悪政を将軍に直訴して捕らえられた。死 後、口ノ明神として将門山に祀られる。
 「善光寺」は長野市にある単立宗教法人。天台宗の大勧進と浄土宗の大本願とによって管理される。本尊は阿弥陀如来で、中世以降盛ん に信仰される。
 「出雲大社」は島根県大社町にあり、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る。伊勢神宮を筆頭とする天津神(あまつかみ)系に対す る、国津神(くにつかみ)系の筆頭であり、古来より大いに信仰されている。
 「成田のお不動様」は成田山新勝寺。千葉県成田市にある、真言宗智山派の別格大本山。不動明王を本尊とする。
 「八幡の八幡宮」は京都府八幡市の石清水(いわしみず)八幡宮。大分県の宇佐八幡宮を勧請して創建。歴代朝廷の崇敬を受ける。源氏 の氏神としても有名。
 「高野山」は和歌山県の高野山金剛峰寺のこと。真言宗の総本山で、開祖空海が自らの入定地として建立。
 「心願時」は、所在不明。実在しないのかもしれない。
 前出の「不如帰」は、数多くの演劇・映画の原作となっている当時の大ヒットドラマである。この歌も、すでにあったメロディーを使っ た劇中歌か、誰かの作った替え歌が、大衆に定着したものと思われる。浪子の悲運を織り込んで替え歌を完成させるために、架空の「東京 心願時」を作り出したのではないだろうか。いつどのように岩船に伝えられたのか、なぜお祭りの歌として今に残るのか、幻の心願時とと もに、すべての謎は歴史の霧の中である。
文責 竹内 新一